観音参りの作法でお願い事をする派?感謝する派?あるいは〇〇派?

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神社やお寺に行く時、お参りをしますが、観音参りでも作法というものがあります。

 

地域や宗派により違いはありますが「合掌し一礼」などすると思います。

 

観音様に顔を合わせた時に心のなかに思いますか?

 

と言うテーマについて今回はお話を進めていこうと思いますので、最後までお付き合いくださいね。

 

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観音参りの作法でお願い事をする派?それとも感謝する派?



観音参りでもそうですが、多くの人は「幸せになれますように」「健康になりたい」「お金持ちになれますように」「勉強ができるようになり、志望の学校にいけますように」「恋が叶いますように」などお願い事をするのではないでしょうか。

 

では、いくつお願い事をしますか?

 

ひとつ?それとも3つぐらい?いやいや、叶えたい願い事があれば全部だよ!と言う人だっているかもしれません。

 

以前お笑いの番組で、私欲がいっぱいありすぎて、願い事をたくさん思って、最後に取ってつけたかのように「世界が平和でありまうように」というネタがありましたが、案外そのように観音参りでもやっている人は少なくなかったりしますね(笑)

 

中には、健康でいられることや、今の生活が出来ていることに感謝の願いを込める人もいると思います。

 

それも充分に素敵なことなのですが、もう一歩先の考え方をしている人は「観音様のお役に立つために行く」んだそうです。

 

観音様にお役に立つ生き方とは

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観音様のお役に立つため???
普通の人なら「?」になりますよね。

 

観音様は音を観る神様と漢字で書きます。

 

観音様の役に立つということは、普段からいつも笑顔でいて、愛のある言葉を話せば、愛を表現をすることになるから、それだけで観音様のお役に立てるそうです。

 

なぜなら、観音様というのは、草も木も人間もなんでも救ってくれる愛のかたまりなんだそうです。

 

ですが、観音様でも直接に人を救うことは出来ないんだそうです。

 

観音様が救えるのは、この世に生きている人を介さなければならないので、救いの手助けをしてくれる人を観音様は呼ぶんだそうです。

 

だから人助けが出来る人のところには人が集まり、人を助けているようで自分自身も助けられ、お互いに成長していき、良い流れが循環し、よりよい人生を歩めるようになっていくのも納得が行くものではないでしょうか。

 

助けを求める人と進んで人助けが出来る人がいた場合、客観的に見ればどちらの人が幸せに生きているのか分かると思いますが、いざ自分に置き換えてみると、それがなかなか出来なかったりするものですよね。

 

よくあるのが、相手が助けてくれれば、自分も助けてあげるよという考え方。

 

この考え方だと、助けてもらって、いざ助ける番になると、助けてあげたいけど、今は忙しくて助けてあげられないんだなどとできない理由を探し始めるはずです。

 

観音様にお役に立てるためにお参りに行くという考え方、言われなければなかなか気付けないと思いますが、確信をついているなと思わされますね。

 

不思議なことに世の中で成功者と呼ばれている方たちは観音参りに出かける人が多いのですが、こちらの記事にまとめてありますのでご一緒にどうぞ^^

⇒ 観音参りはお金持ちの贅沢な遊び?成功者に共通!行くのは何故?

 

最後に

ここまで、読んでいただいたあなたなら、理解できるのではないでしょうか。

 

今から、このような生き方をしていって、みんなに広まっていけば世の中きっと良くなりますね^^

 

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